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これだけは観ておきたい!日本の戦争映画おすすめ11選

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今年2015年8月に戦後70年を迎える日本ですが、そのアジア・太平洋戦争の記憶を風化させないためにも、映像として残されている映画作品を観て、少しでも当時の戦争の記録を心に留めておきたいものですね!戦争の経緯をわかりやすく観るために、戦争での戦線・事象別に並べてみました。関連作品も併せてご覧ください!

1)火垂るの墓(1988)

野坂昭如の戦争体験を基にした自伝的要素のある短編小説「火垂るの墓」(1967)が原作で、『かぐや姫の物語』(2013)の高畑勲監督による作品です。
キャッチコピーは「4歳と14歳で、生きようと思った」で、公開当時は『となりのトトロ』と同時上映されました。

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《本土空襲:神戸大空襲》

神戸とその周辺地域は1945年1月3日から終戦までに大小合わせて128回の空襲を受け、特に3月17日と6月5日の市街地絨毯爆撃と、川西航空機甲南工場への爆撃(5月11日)により大きな被害を受けました。
日本の主要都市で行われた空襲で、親を失くした子供が戦災孤児として街にあふれました。清太と節子の母親も6月5日の神戸大空襲に巻き込まれ亡くなり、二人は叔母の家へ引き取られるのです。

【ドロップ缶「サクマ式ドロップス」】

主人公清太の妹・節子の大好きなドロップで、物語ではとても重要なアイテムとして何度も登場します。ドロップがなくなった缶が骨壺替わりになるとは…本当に辛く悲しい物語です。
近年あまりテレビで再放送されなくなっていた理由に、会社同士の商標権の関係か?あるいは政治的理由か?という憶測も生まれましたが、『かぐや姫の物語』公開年にはテレビ放映されました。

【本土空襲に関連する作品】

神戸の大空襲を描いた他の作品に『少年H』(2012)があります。また、漫画では手塚治虫の名作「アドルフに告ぐ」にも神戸大空襲の惨状が描かれています。
私がいまだに印象深く覚えているものに、3月10日の東京大空襲を描いた『ガラスのうさぎ』があります。児童文学作家・高木敏子のノンフィクションが原作で、これまでにテレビドラマ・実写映画・アニメ映画になっています。

2)男たちの大和/YAMATO(2005)

1945年4月7日、坊ノ岬沖海戦で戦艦大和は海に沈みました。この映画は、太平洋戦争末期の菊水作戦を、戦艦大和の乗組員を中心に描いています。水兵や下士官、市井の人々からの偏りのない視点で当時の戦争が語られています。現代に生きる少年・敦の視点も多く取り入れています。

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《太平洋戦争海戦:坊ノ岬沖海戦》

【菊水作戦・海上特攻】

1945年4月6日~6月22日、沖縄戦を阻止するために実施された海上特攻作戦で、この作戦に合わせて航空総攻撃、いわゆる特攻機によるアメリカ艦隊への突撃も行われました。しかし大和の撃沈はこの作戦のわずか二日目でした。

【戦艦大和オープンセット】

広島の尾道市向島町(日立造船向島西工場跡地)に、2005年3月に完成し、6月まで撮影に使われました。大和の全長263メートルのうちの190メートルを原寸大で再現したものです。7月からはロケセットが一般公開され、入場者は100万人を超えました。
また、広島県呉市の大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)の大和ひろばには大和の1/10模型が展示されています。私も大和ミュージアムが開館した当時に見に行きましたが、1/10とはいえかなり迫力のあるものでした。

【戦艦大和に関連する作品】

大和に関する映画には『戦艦大和』(1953)や『連合艦隊』(1981)があります。またテレビドラマでは終戦45周年の1990年に『戦艦大和』(フジテレビ)と『愛と哀しみの海 戦艦大和の悲劇』(TBS)が放送されました。

3)私は貝になりたい(1959/2008)

BC級戦犯として裁かれた元陸軍中尉・加藤哲太郎の獄中での手記「狂える戦犯死刑囚」(1953)の遺書部分を題名・原案とした映画で、物語は橋本忍監督(1959年版)の創作です。
二度のテレビドラマ化、二度の映画化があり、1959年版映画ではフランキー堺、2008年版映画では中居正広が主演を務めています。

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《戦犯裁判・軍隊》

第二次世界大戦後、戦勝国である連合国側による戦争犯罪人に対する軍事裁判が世界各地で行われました。日本では東京裁判(極東国際軍事裁判)が行われ、東條英機を始めとするA級戦犯、BC級戦犯が裁かれました。
この作品では主人公・清水豊松が軍隊で犯した罪を裁かれますが、そもそも俘虜を殺してもないのになぜ裁かれるのか、しかもなぜ死刑にならなければならないのか?という、軍隊や裁判の不条理を描いています。

【BC級戦犯】

戦勝国である連合国(米・英・ソ・仏・中など)により、国際軍事裁判で裁かれた戦争犯罪人で、東京裁判では極東国際軍事裁判所条例に記されたB項「通例の戦争犯罪」(一般人民や俘虜の殺害、虐待、奴隷労働など)、C項「人道に対する罪」(一般の国民に対しての非人道的行為)に該当する者が逮捕され裁かれました。
清水豊松は、俘虜の殺害の罪によりB級戦犯として死刑判決を受けてしまいます。

【戦犯・軍隊の不条理に関連する作品】

東京裁判をテーマにした作品はドキュメンタリーの『東京裁判』(1983)と東條英機を主人公に裁判を描いた『プライド・運命の瞬間』(1998)があります。現在では東京裁判は国際裁判としてはおよそ公平なものではなかったという見方が多くを占めていて、国際軍事裁判のあり方を問うものとなっています。
軍隊の不条理を描いた映画には『真空地帯』(1952)があります。軍隊での不条理・理不尽な私的制裁をテーマにした作品です。

4)永遠の0(2013)

終戦間際に零戦による特攻で戦死した海軍航空兵だった祖父の人生の軌跡を追う姉弟の物語で、“海軍航空隊一の臆病者”と言われた宮部久蔵の生き方とは何だったのか、神風特攻隊とはどんなものだったのかを描いています。
『ALWAYS 三丁目の夕日』の山崎貴監督、V6の岡田准一主演、百田尚樹原作の作品で、第38回日本アカデミー賞では最優秀作品賞など計8部門受賞しました。

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《零戦・特攻》

神風特別攻撃隊(特攻)と零戦(零式艦上戦闘機)をテーマにした映画は日本の戦争映画には非常に多く、作られる度に「特攻を美化している」と批判され、製作側の主観により右派か左派かに偏りがちですが、確かに客観的に史実に忠実に描いて伝えるには困難な題材ではあります。

【神風特別攻撃隊】

日本海軍の航空機による特別攻撃隊で、1944年の戦局追い詰められた末期に編成された艦船を攻撃目標にした特別攻撃隊です。しかし戦果を挙げたのは初期のみで、戦局を覆すことはできなかったのです。それでも特攻は終戦まで続行されました。

【零式艦上戦闘機】

日本海軍の主力艦上戦闘機で、零戦の略称で呼ばれました。2200kmという長距離航行が可能で、格闘性能も優れており、米英の戦闘機とも互角に対抗していましたが、戦争も中盤になると対零戦戦法が確立し、また後継機開発の遅れも伴って、戦闘爆撃機や特攻機として用途も拡大されました。総生産数は一万機を超えていました。

【零戦・特攻に関連する作品】

自らも海軍航空隊の軍人で、出撃する特攻機を見送る立場だった鶴田浩二主演の『雲ながるる果てに』(1953)、海軍飛行予備学生第14期会編の「あゝ同期の桜・かえらざる青春の手記」を原作とした『あゝ同期の桜』(1967)、柳田邦男原作のノンフィクションの映画化『零戦燃ゆ』(1984)などは実際に戦争を体験してきた人々によって製作された作品です。
一方当時のトレンディドラマで活躍していた俳優をキャスティングした『君を忘れない』(1995)、石原慎太郎脚本・製作総指揮の『俺は、君にためにこそ死ににいく』(2007)、2015年に癌のため亡くなった今井雅之作・主演の『WINDS OF GOD』(1995)など、戦争に直接赴いた経験のない人々によって製作されたものもあります。
宮崎駿監督の長編最後の作品『風立ちぬ』(2013)は、零戦開発者の堀越二郎をモデルにしています。堀越二郎は『零戦燃ゆ』にも登場しています。

5)夕凪の街 桜の国(2007)

こうの史代の漫画が原作で、原爆投下後の広島市基町にあった“原爆スラム”(夕凪の街)を舞台にしています。「桜の国」は二部構成で、「夕凪の街」と合わせて三部で三世代にわたる家族の物語として描かれています。この映画では、「桜の国」第二部が中心となっています。

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《原爆:広島》

1945年8月6日午前8時15分、広島市の中心部に世界で初めての原子爆弾が投下されました。続く8月9日には長崎にも落とされ、日本はついに戦争終結に動き出すことになりました。
戦後・被爆70年を迎える今年、安倍総理の平和記念式典でのスピーチが注目されるところです。

【原爆スラム】

広島市中区基町本川沿いに広がっていたスラム街で、別名“相生通り”と呼ばれていました。原爆投下によりこの辺り一帯は灰燼に帰していましたが、西側の本川沿いには原爆の生存者、疎開から戻った者、引揚者などが建てたバラックが立ち並ぶ“原爆スラム”になっていきました。
戦後は中央公園として整備が決まりましたが、1960年代には900戸もの住居が密集し、1968~1978年にかけて基町再開発事業により、市営基町高層アパートが建設されました。

今年2015年8月4日~9日には、広島市こども文化科学館のプラネタリウムで、夏休み特別番組としてこの作品を元にプラネタリウム番組が上映されます。この科学館が実は“原爆スラム”があった辺りに隣接して現在建っているということを、私はこのまとめ記事を書いて初めて知りました!足しげく通っている科学館なので、感慨もひとしおです。

【原爆に関連する作品】

『原爆の子』(1952)と『はだしのゲン』(1983)は原爆投下後に生きた少年少女たちを描いた作品です。井伏鱒二原作の『黒い雨』(1989)は投下後に降った黒い雨を浴びた人々のその後の苦難を描いています。
井上ひさしの戯曲が原作の『父と暮らせば』(2004)は、『夕凪の街』の主人公・皆実と同じように、原爆から自分が生き残ったことに負い目を感じて生きている女性の葛藤を描いた作品です。
“原爆スラム”が出てくる映画としては、『仁義なき戦い 広島死闘篇』(1973)があります。この作品はシリーズ中唯一広島ロケが行われたもので、冒頭など何度も原爆スラムが登場します。
NHKで放映された『基町アパート』(2013)は市営基町高層アパートが舞台のテレビドラマです。

6)出口のない海(2006)

『夕凪の街 桜の国』の佐々部清監督、市川海老蔵主演の作品で、日本海軍が太平洋戦争で開発した人間魚雷で最初の特攻兵器・回天とその乗組員たちをテーマにしています。
主人公の並木浩二は明治大学野球部のピッチャーで甲子園優勝投手でしたが、昭和18年に学徒出陣し、回天に搭乗することになっていきます。

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《回天・特攻》

回天とは戦死を前提としての特攻を目的として開発された人間が操縦して体当たりする魚雷です。1944年に山口県大津島基地が開隊し、全国から来た回天搭乗志願者の訓練が行われました。この映画では山口県の光基地での様子が描かれています。

【伊号潜水艦】

回天特攻隊の搭乗艦で、第一回の特攻「菊水隊」の母艦潜水艦は伊三六潜、伊三七潜、伊四七潜で、各4基ずつ搭載していました。菊水隊以降終戦までに28隊、回天148基、潜水艦32隻が出撃しています。

【回天に関連する作品】

津村敏行の原作を映画化した『人間魚雷回天』(1955)、『あゝ同期の桜』の姉妹篇となる鶴田浩二主演の『人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊』(1968)があります。
また、『出口のない海』の主人公のモデルとなった実在の回天搭乗員・横田寛が書いた「あゝ回天特別攻撃隊 かえらざる青春の記録』(1968)は、実際に回天に搭乗した経験を綴ったものです。

7)ひめゆりの塔(1953)

日本本土に上陸したアメリカ軍と島全体を巻き込んで行われた沖縄戦で、従軍看護婦として徴用された女子生徒たち・ひめゆり学徒隊の逸話を描いた作品です。まだ思春期を迎えたばかりの若い彼女たちが見た、戦争の悲惨さが心に突き刺さります。

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《沖縄戦・ひめゆり学徒隊》

1945年3月26日~6月23日に行われた沖縄戦は、住民を戦闘に巻き込んだ地上戦として、強く記憶され、現在でも米軍基地問題に揺れる島民にとっても古い昔の話ではありません。住民は15歳~60歳の人々は根こそぎ動員や徴用で、疎開・避難が許されませんでした。
14歳以上の女子生徒を従軍看護婦の代用としたひめゆり学徒隊・白梅学徒隊が組織されました。

【ひめゆりの塔】

沖縄陸軍病院第三外科壕に従軍したひめゆり学徒隊にちなんだ慰霊の塔で、壕跡に建っている塔というより石碑に近いものです。奥に慰霊碑が建っています。ひめゆりの名は、学徒の母校の二つの校誌名「乙姫」と「白百合」を合わせた言葉です。この塔に関する逸話を石野径一郎が小説にし、この作品は後々何作もの『ひめゆりの塔』映画の原作となりました。1953年版が最初の映画化で、最高傑作と言われています。

【ひめゆりの塔に関連する作品】

ひめゆりの塔をテーマにした映画は、前述の1953年版と、吉永小百合主演の『あゝひめゆりの塔』(1968)、今井正監督による1953年作品のリメイク『ひめゆりの塔』(1982)、そして仲宗根政善の「ひめゆりの塔をめぐる人々の手記」原作、沢口靖子主演の『ひめゆりの塔』(1995)があります。
また、ひめゆり部隊の真実を脚色なしで伝えるドキュメンタリー映画に『ひめゆり』(2011)があります。

8)日本のいちばん長い日(1967)

1945年8月14日のポツダム宣言受諾の最終決定をした御前会議から、軍部将校が起こしたクーデター・宮城事件、その後の日本放送協会(NHK)のラジオでの玉音放送までの丸一日を描いた、岡本喜八監督、三船敏郎主演の終戦の日のドラマです。

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《終戦の日》

日本がポツダム宣言の受諾を決め、玉音放送で国民に終戦を知らされたのが1945年8月15日です。
しかしこれはあくまでも終戦の意思を伝えた日であり、本当の意味で戦争が終わった日は、同年9月2日、アメリカ戦艦ミズーリの甲板上で降伏文書に調印され、ポツダム宣言の受諾を外交文書上で固定された日です。
それでも日本の終戦記念日が8月15日なのは、玉音放送が流れたあの日が国民にとって忘れがたいものだったからでしょうか。

【宮城事件】
1945年8月14日深夜に、陸軍省幕僚と近衛師団参謀が中心となったクーデター未遂事件です。宮城とは皇居のことで、日本の降伏を阻止しようとして皇居を占拠しましたが、失敗し、将校たちは自殺・逮捕され、ポツダム宣言の受諾が行われました。

【ポツダム宣言と玉音放送】

1945年7月~8月、米英ソ首脳のトルーマン大統領・チャーチル首相・スターリン書記長が、ドイツのポツダムで会談を行い、7月26日に米英中の名において発表された「全日本軍の無条件降伏」などを求めた全13か条からなる宣言です。
玉音放送とは、天皇の肉声の放送のことで、特にこの終戦の日の放送を指すことが多いようです。

【終戦の日に関連する作品】

半藤一利が企画・司会を務めた、1963年に開催された“終戦の日を振り返る”座談会は、文藝春秋に「日本のいちばん長い日」として掲載されました。1965年にこの座談会に加筆したものが大宅壮一の名で「日本のいちばん長い日」として出版され、映画の原作となりました。
その後2007年には、文芸春秋に掲載されたものを中心として半藤一利が解説を加えたものが「日本のいちばん長い夏」として発行されました。これを原作にして映画化されたものが『日本のいちばん長い夏』(2010)です。座談会のメンバーを当時活躍していた文化人・知識人でキャスティングしています。
また、今年2015年8月には半藤一利著「決定版 日本のいちばん長い日」を原作にした、原田眞人監督・役所広司主演『日本のいちばん長い日』が公開されます。

9)ローレライ(2005)

太平洋戦争末期を舞台にした戦争映画で、登場する潜水艦・兵器・戦闘などはほぼフィクションであるSF的要素が強い作品です。それでも内容としては、この架空の物語を通して、戦後の日本のあり方を問うものになっています。監督は樋口真嗣、主演は役所広司で、原作は福井晴敏の「終戦のローレライ」(2002)です。

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《海戦:潜水艦》

日本海軍の潜水艦は、一等(伊号)、二等(呂号)、三等(波号)の三等級の潜水艦を所有していました。日本の潜水艦を題材にした映画には架空の伊号潜水艦がよく登場します。
特攻兵器の人間魚雷・回天を搭載したのも一等潜水艦の伊号でした。

【潜水艦伊五〇七】

映画『ローレライ』に搭乗する架空の潜水艦で、元々はフランス海軍のシュルクーフ潜水艦をナチス・ドイツが拿捕し、UF-4に改装したものを、日本海軍が接収したという設定になっています。
架空の設定である三回目の原爆投下を阻止するため、テニアン島へ向かい、独自行動を行うという展開です。

【ローレライ・システム】

正式名称PsMB-1で、ナチス・ドイツが改修した際に搭載した特殊音響兵器という設定で映画に登場します。伊五〇七に接合された特殊潜航艇N式潜内に配置されています。このN式潜に搭乗するのが、回天特攻員という設定になっています。

10)日本戦歿学生の手記 きけ、わだつみの声(1950)

ビルマ戦線における、1944年3月~7月に行われたインド北東部インパール攻略作戦に従軍した学徒兵の敗走を、回想を交えて描いた作品です。
原作は学徒出陣した若者の手記を集めた「きけ わだつみのこえ~日本戦没学生の手記~」(1949)で、東京大学戦没学徒兵の手記集「はるかなる山河に」(1947)の次作として発表されました。
また、1995年には『きけ、わだつみの声 Last Friends』として二度目の映画化がされています。こちらは、1995年の現代の若者が突然、1943年10月21日の神宮外苑で行われた学徒出陣壮行会にタイムスリップして物語が展開していきます。

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《学徒出陣・学徒動員》

1943年、戦争末期の兵力不足を補うために、高等教育機関の20歳以上の文科系学生を徴兵・出征させたのが、学徒出陣・学徒動員です。在学中であっても徴兵され、一部の理系学生、日本国籍の台湾人・朝鮮人や満州国・占領地、日系二世も対象となりました。理系学生は兵器開発などで、陸軍・海軍の研究所に勤労動員されていました。

【わだつみのこえ】

このタイトルの由来は、出版に当たり全国から書名を募集した際、採用されたのが「はてしなきわだつみ」(藤谷多喜雄)で、その応募用紙に添えられた短歌「なげけるか いかれるか/はたもだせるか/きけ はてしなきわだつみのこえ」から採られたものです。“わだつみ”は海神を意味する日本の古語です。

【南方戦線に関連する作品】

太平洋戦争における南方作戦とは、東南アジア・太平洋各地への攻略作戦で、1941年12月8日英領マレーへの奇襲上陸から1945年5月ビルマ制圧までで、戦線はその後敗走を続けるまで、終戦を迎えるまで続きました。
『きけ、わだつみの声』ではビルマにおける戦いが描かれていますが、その他の南方戦線を描いた作品には、インドネシア・ジャワ島の日本軍捕虜収容所を描いた『戦場のメリークリスマス』(1983)、サイパン島の戦いを描いた『太平洋の奇跡―フォックスと呼ばれた男』(2011)、最初の本土決戦となった硫黄島を舞台にした『硫黄島からの手紙』(2006)があります。

11)戦争と人間(1970~1973)

五味川純平の大河小説を原作に、四年にわたり製作された大河ドラマ三部作です。ニュース映像を織り交ぜ、史実を忠実に追いながら、新興財閥伍代家の人々が、満州で戦火に呑み込まれていく様を、当時の豪華キャストで描いています。
満州事変から日中戦争突入、そして太平洋戦争突入のきっかけとなったノモンハン事件を中心に描かれています。

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《第一部 運命の序曲》

【満州事変】

1931年9月18日に起きた柳条湖事件(関東軍による南満州鉄道爆破事件)から、東北三省の占領、32年の満州国樹立を経た、関東軍による謀略戦争です。その後15年に及ぶ日中戦争の発端となった事件です。
映画では伍代家当主が満州国で軍需産業に着手していく様子が描かれています。

【上海事変】

1932年1月、日本軍が計画実行した衝突事件で、満州国から注目をそらせ、上海の排日運動をおさえることが目的に起こされた事変です。
映画の中でも、排日運動や抗日運動の様子が描かれ、主要登場人物も巻き込まれていきます。

《第二部 愛と悲しみの山河》

【二・二六事件】

映画では第二部で二・二六事件の勃発が描かれています。
1936年2月26日、陸軍の皇道派青年将校が起こしたクーデターで、首相官邸・警察庁への襲撃、政府高官の殺害、永田町一帯の占拠などを起こしました。29日には鎮圧されましたが、後に軍部の暴走を招くことになる、軍部大臣現役武官制を復活することになりました。
第二部ではこの事件を、その後の不穏な展開を暗示するように中間部に挟んで描いています。

【蘆溝橋事件】

1937年7月7日に、蘆溝橋で起きた日本軍と中国国民革命軍との衝突で、この事件が日中戦争の引き金となっていきます。
映画ではその詳細が説明とともに描かれていて、当時の激しい戦闘の様子をうかがい知ることができます。

《第三部 完結篇》

【国共合作・抗日民族統一戦線】

対日・抗日のために一時休戦した、蒋介石の中国国民党と毛沢東率いる中国共産党の協力関係が、国共合作です。日中戦争の戦局に大きな転換を与えていきました。
この映画は主要人物が反戦運動を行う様子を主軸に持ってきているので、どうしても共産主義側・反戦意識の高い作風ではありますが、伍代家の人々やその関係者たちを様々な立場と視点で描いているので、偏りすぎた作品ではないと思います。
日中戦争を描いた作品が日本映画にはあまりないため、当時の様子や戦争の経緯を知るためには貴重な映像・映画と言えます。

【ノモンハン事件】

1939年5~9月、ノモンハン(満州とモンゴル国境沿い)で起きた、日本軍とモンゴル軍の衝突で、ソ連軍の援助により、日本軍は大敗しました。軍部の対ソ開戦論はこれによって後退し、太平洋戦争へ向かうきっかけとなっていったのです。
映画ではこのノモンハンの戦闘シーンをクライマックスにし、ソ連軍の協力を得て撮影されました。

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